「新宿書房往来記」(村山恒夫著)異彩を放つ刊行書籍群の制作エピソードと「編集とは何か」

(2022年1月23日21:15)

「新宿書房往来記」(村山恒夫著)異彩を放つ刊行書籍群の制作エピソードと「編集とは何か」
「新宿書房往来記」(港の人)

新宿書房代表で編集者の村山恒夫氏が、手掛けた数々の本が完成するまでのエピソードや編集の真髄などをつづったコラムなどをまとめ加筆した「新宿書房往来記」(村山恒夫著)(港の人・3080円、2021年12月初版)が刊行された。異彩を放つ刊行書籍の数々と編集者としての矜持、卓越した技術と発想、思想などが詰まった新刊書として注目される。

この本に取り上げられている新宿書房の数々の本の中から近年の数冊をピックアップしてみると、大木茂氏が高校1年の1963年から72年にかけて全国各地の蒸気機関車を撮影した2万7千カットから選んで構成したという写真集が「汽罐車-よみがえる鉄路の記憶 1963-72」(大木茂著)(2011年、3800円)。企画から刊行されるまでの紆余曲なども明かされ、大木氏が映画のスチール写真を撮影する仕事をしていた関係で旧知の仲の俳優・香川照之が「あなたは感じるか?感じるだろう。」というエッセイを寄せ「この写真、匂うか、匂うだろう。」とコメントを寄せたエピソードなどが紹介されている。

歴史長編小説「見残しの塔―周防国五重塔縁起」(久木綾子著)(2008年、2400円)は久木さんが89歳で小説家デビューして話題を呼んだ作品。久木さんがNHKの「ラジオ深夜便」の出演することになりNHK放送センターに同行した話や、この放送が反響を呼んで版を重ねたことなどが紹介されている。ただこの本は大手出版社から文庫本になり、予想外の人物が解説を書き「こうして私の愛した『見残しの塔』は、本当に遠い彼方へと去っていった」と嘆く一文もある。久木さんは2020年7月に100歳で亡くなった。

埼玉県東松山市にある「原爆の図丸木美術館」の学芸員、岡村幸宣氏が、丸木位里・丸木俊夫妻が原爆が投下された広島の惨状を絵画にした「原爆の図」の誕生のいきさつや全国を巡回の軌跡(1950~53年)を記録した「≪原爆の図≫全国巡回-占領下、100万人が見た」(2015年、2400円)も出色で、原爆とは核とは何か、そして人類は核にどう立ち向かうべきかなどを世に問う歴史的にも貴重な1冊とだ。

村山氏の父親で教育・文化映画の監督を務めた村山英治氏、その弟で1957年、東映「警視庁物語 上野発五時三十五分」(1957年)で監督デビューし「東映リアリズム」の潮流を作ったといわれる村山新治監督、さらには村山和雄氏、村山祐治氏の4人兄弟が映画屋だったことなどが紹介されている。そして「村山新治、上野発五時三十五分―私が関わった映画、その時代」(村山新治著、村山正実編)(2018年、3700円)は新治氏が手掛けた作品や当時の映画界の状況などが記録され、新治氏、深作欣二監督、澤井信一郎監督、脚本家で「河口のふたり」などの映画監督で「映画芸術」編集長の新井晴彦氏による解説座談会も収録されている。

さらには1400冊の本を編集装丁した田村義也氏やグラフィックデザイナーの杉浦康平氏や同・谷村彰彦氏、数々の編集者など村山氏の多彩な仕事仲間、人脈やその人たちの技術、ポリシーなども詳細に紹介されていてまさに「編集とは何か」を知る貴重な一冊でもある。そして早稲田大学第一文学部社会学科を卒業、1970年に平凡社に入社して世界大百科事典などを手掛け80年に退社後、百人社を設立。82年新宿書房に統合して現職の村山氏の編集者としての集大成の著作になっている。

村山氏は「あとがき」の最後に次のような一文を寄せている。「最後にひとこと。これから出版編集を目指す人たちが、『本を作るということ』『出版とは何か』『編集とは何か』…というテーマを探す中で、本書に出会い、多少でも興味を持って読んでくれたら、こんなうれしいことはない。」