YMO高橋幸宏さん死去 70歳 脳腫瘍手術後闘病 坂本龍一SNSにダークグレー投稿

(2023年1 月15日12:00)

 YMO高橋幸宏さん死去 70歳 脳腫瘍手術後闘病 坂本龍一SNSにダークグレー投稿
高橋幸宏さん(Instagram/@room66_yukihiro)

「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のドラマーでミュージシャンの高橋幸宏さんが死去したことが15日、分かった。70歳だった。YMOで一緒に活動した音楽家の坂本龍一(70)は自身のSNSにダークグレー一色の投稿をして追悼した。

高橋さんは2020年初夏ごろから頭痛が続いて検査を受け脳腫瘍の疑いと診断されて同年8月に脳腫瘍の摘出手術を受けた。同年10月に退院したが21年6月にツイッターで「まんまと嫌な予感が当たり、僕はまた別の治療を始めます」と公表。しばらくはライブを休み治療に専念することを明かしていた。所属事務所によると誤えん性肺炎のため11日に亡くなったという。

 YMO高橋幸宏さん死去 70歳 脳腫瘍手術後闘病 坂本龍一SNSにダークグレー投稿
高橋幸宏さん(Instagram/@room66_yukihiro)

昨年6月7日、誕生日の翌日にインスタグラムに療養中の写真を投稿して「みんな、本当にありがとう。from ユキヒロ」とコメントしていた。(上のインスタグラム)

高橋幸宏(たかはし・ゆきひろ)さんは、1952年6月6日生まれ。東京都出身。武蔵野美術大学タン古代学部在学中の1972年、加藤和彦の誘いを受け「サディスティック・ミカ・バンド」に参加。ミカ・バンド解散後「サディステックス」を経て1978年ソロデビューアルバム「サラヴァ!」を発表。同年、細野晴臣(75)坂本龍一(70)と共にYMOを結成。「テクノポリス」(1979年)や高橋さんが作曲した「ライディーン」(1980年)、カネボウ化粧品のCMソングに起用された「君に、胸キュン」(1983年)などがヒットし、海外ツアーも行いテクノポップ・ブームを巻き起こした。
1983年にYMO「散開」(解散)後は、ソロ活動を本格化させ、「ビートニクス」としても活動し、ほかのアーティストへの楽曲提供やプロデュースなどで活躍した。

YMOで高橋さんと一緒に活動した音楽家の坂本龍一(70)は15日、自身のツイッターとインスタグラムにダークグレー一色の投稿をした。コメントはなかった。この投稿に「YMO Gose Forever」(YMOは永遠に続く)などのコメントが寄せられた。