「親愛なる同志たちへ」旧ソ連時代のデモ隊への銃乱射事件と政権の闇を描いたロシア映画

(2022年4月19日17:00)

「親愛なる同志たちへ」旧ソ連時代のデモ隊への銃乱射事件と政権の闇を描いたロシア映画
「親愛なる同志たちへ」(公式サイトから)

ロシアの巨匠アンドレイ・コンチャロフスキー監督が旧ソ連時代の1962年にロシア南西部のノヴォチェルカックスの国営機関車工場で起きた大規模なストライキとデモで、ソ連軍が弾圧し多数の死傷者が出たが、ソ連崩壊まで約30年間隠蔽されていた事件を題材に、デモに参加して行方不明になった娘を探す共産党市政策委員会メンバーの母親を主役にして描いた社会派作品。ヴェネツィア国際映画祭の審査員特別賞、シカゴ国際映画祭で監督賞などを受賞し、アカデミー賞国際長編映画賞のロシア代表に選ばれるなど国際的にも高く評価された。(2020年・ロシア・121分)

■ストーリー

1962年6月1日、フルシチョフ政権下のソ連で物価高騰と食糧不足がまん延していたが、ソ連南西部ノボルチェルカッスクで共産党市政策委員会のメンバーとして働くリューダ(ユリア・ビソツカヤ)は、党の特権を使いながらぜいたく品を手に入れるなど、父親と18歳の娘スヴェッカと3人で穏やかな生活を送っていた。そうしたなか、機関車工場で、生活困窮にあえぐ労働者たちが物価高騰や給料カットに抗議して大規模なストライキを起こす。モスクワのフルシチョフ政権は事態を重く見て高官を派遣しストの鎮静化と情報遮断を画策するが、5000人以上のデモ隊や市民が現地の共産党本部の建物になだれ込み、軍が銃を発砲し群衆が逃げ惑うなど大混乱となり、病院は遺体や負傷者であふれ返る。KGBのデータによると死者26人(非公式では約100人)、負傷者数十人、処刑者7人。
リューダは娘のスヴェッカが家に帰らずデモに参加して逮捕されたか死亡したかと心配し必死で病院を探し回る。KGB(ソ連国家保安委員会)のヴィクトル(アンドレイ・グセフ)が家にやってきて娘について聞き、事件について口外しないように口止めする。リューダはさらに娘の行方を追い、ヴィクトルの協力も得て党の指令を無視して町を出て娘の行方を捜す。

■みどころ

共産党市政策委員会のメンバーとして党やソ連に忠誠を誓って精力的に活動していたリューダだが、デモを鎮圧するため戦車と共にソ連軍が街に入り、デモ隊の労働者らを容赦なく銃撃して、多数の死傷者を出した軍の弾圧と惨劇。さらにはその事件をなかった事にする徹底した隠ぺい工作。アスファルトの血が洗い流せないという現場の声にアスファルトを新しく敷きなおせと命令する幹部。そうした政府や軍のやり方を目の当たりにして揺れ動くリューダをコンチャロフスキー監督の妻で、「パラダイス」(2016年)でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞したユリア・ビソツカヤが熱演し、事件の陰惨さやソ連、クレムリンの闇が浮き彫りにされる。モノクロの映像がリアルに1962年の事件を再現している。
コンチャロフスキー監督は、チェーホフの同名戯曲を映画化した「ワーニャ叔父さん」(1971年)やカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞した「シベリアーダ」、黒澤明監督の脚本を元にした「暴走機関車」(1985年)などがある。監督は「私が目指したのは、ソ連の1960年代という時代を丹念に、細部まで再現することだった。私は、第二次世界大戦を勝利するまで粘り強く戦ったソ連の人々の純粋さを讃え、共産主義の理想と現実の狭間に生じた不協和音を注意深く見つめる映画があってもいいと思ったのである」(公式サイトから)とコメントしている。この映画で描かれている60年前のソ連軍の市民虐殺と歴史から事件を消し去ろうとする隠ぺい工作は、ソ連が崩壊(1991年)したものの、現在のプーチン政権によるロシア軍のウクライナ侵略にも通じるものがあることに気付かされる。
(2022年4月8日からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開中)