「ナワリヌイ」 “プーチンが最も恐れた男”の毒殺未遂事件に迫った迫真のドキュメント

(2022年6月19日10:30)

「ナワリヌイ」 “プーチンが最も恐れた男”の毒殺未遂事件に迫った迫真のドキュメント
「ナワリヌイ」(公式サイトから)

昨年8月、航空機の中で毒物を仕掛けられて瀕死の状態に陥ったロシアの反体制活動家アレクセイ・ナワリヌイ(46)の毒殺未遂事件の真相とプーチン政権の闇に迫った迫真のドキュメント。ナワリヌイやその家族、支援者に密着して、事件に関連するCNNなどの豊富なニュース映像をまじえて生々しく核心に迫っている。ロシア軍によるウクライナ侵略が続く中、クレムリンのダークサイドを知る貴重なドキュメント。

監督はカナダ人女性が行方不明の旧友の謎を解くために日本を訪れる旅を追った「Finding Fukue」(2015年)などの短編ドキュメンタリーを数多く手がけ、ドキュメンタリー「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」(2019年)で長編デビューしたダニエル・ロアー。米CNNワールドワイドのエイミー・エントリスとCNN Fiimsのコートニー・セクストンがエグゼクティブプロデュ―サーを務めた。

2020年8月20日、西シベリアのトムスクからモスクワに向かう航空機に搭乗していたロシアの反体制政治活動家アレクセイ・ナワリヌイが機内で突然意識不明の重体になり、航空機はオムスクに緊急着陸して救急車で病院に搬送される。その後ドイツのベルリンの病院に移り治療を受けて一命をとりとめた。病院は血液から毒物「ノビチョフ」が検出されたと発表した。プーチン政権を痛烈に批判しロシアの反体制活動家のカリスマとして人気が急上昇していたナワリヌイの”脅威“を取り除くことを狙って、実行犯が彼の飲み物に毒物「ノビチョフ」を混入した毒殺未遂事件として世界に衝撃を与えたのは記憶に新しい。そしてその背後にいるとみられるプーチン大統領に疑惑の眼が向けられた。

「ノビチョフ」を使った事件はその以前にもあったからだ。2018年3月にはロシアの元スパイ、セルゲイ・スクリバリ氏とその娘のユリアさんが英国ソールズベリーのショッピングセンターの外のベンチで倒れているのを発見され「ノビチョフ」による毒殺未遂として、男2人が逮捕され、英政府はロシアの連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の一員と発表した。同年6月にも英国で男性2人がノビチョクを浴びて意識不明になり1人はその後死亡している。

ドイツで奇跡的に回復したナワリヌイはチームと真相究明の調査に乗り出し、膨大な資料を基に実行犯の可能性がある人物数人を割り出す。そしてなんと、彼らに直接電話して、関係者を装い上層部に報告しなければならないので事件の詳細を確認したいと話す。その一部始終を記録した映像は衝撃的だ。何人かは「何のことかわからない」とか「詳しいことは話せない」と口を割らなかったが、ある人物は、電話の主がナワリヌイとは知らずに使われた毒物が「ノビチョク」だったことや、痕跡を消すためにナワリヌイの下着などをクリーンにする作業を行ったことなどを話し、重要な証拠を押さえるのに成功する。

プーチン大統領は海外の記者も同席する記者会見で、毒殺事件への関与を否定し「フェイクニュースだ」と言い切る。「その人物はCIAとつながっている」と指摘し「毒物で殺される必要があるならとっくに死んでいる」とうそぶく。

この時の木で鼻をくくったような対応は、ウクライナへの侵攻を「ネオナチからの解放」と正当化し、ブチャの虐殺を「フェイクニュース」「ウクライナ軍の自作自演」と言い切るプーチン氏の、むしろそれこそがナチスのヒトラー的な”言動“を連想させる。

ナワリヌイは2021年1月17日にロシアに帰国。カメラはドイツから出発するときの様子から機内で報道陣の質問攻めにあう様子、そして到着予定の空港にナワリヌイを支持する群衆が集まり警官隊と衝突する様子や、急遽別の空港に着陸し、その場で逮捕される様子などを映し出す。モスクワなどでナワリヌイの解放を求める大規模なデモが起きて1月25日に全土で3000人、1月31日には5000人が逮捕されたという。

ナワリヌイは2022年3月22日、国策裁判で自身が主催する「反汚職財団」が絡んだ詐欺罪、横領罪、法廷侮辱罪で懲役9年の実刑判決を受けて現在も服役中である。ウクライナ侵攻を「愚かな戦争」と批判し、6月14日、ヴラジミール州のクロスカヤ刑務所から特別な監視体制を整備した同州メレホボ刑務所に移送されたという。

2012年米ウオール・ストリート・ジャーナルが「ウラジミール・プーチンが最も恐れた男」と紹介したナワリヌイは、映画の最初と最後に出てくる帰国前のインタビューで、大統領になったら「自由な権利を保障し公正な選挙を実施する」などと語り、弾圧されるのは我々に力があるからだと力説。「決してあきらめるな」と呼びかけた。
(2022 /アメリカ/98分/製作CNN Films、HBO Max.)(2022年6月17日(金)新宿ピカデリーほかで公開)