橋幸夫さん死去 82歳 「潮来笠」でデビュー「いつでも夢を」「霧氷」で2度レコード大賞 吉永小百合追悼コメント

(2025年9月6日11:15)

橋幸夫さん死去 82歳 「潮来笠」でデビュー「いつでも夢を」「霧氷」で2度レコード大賞 吉永小百合追悼コメント
橋幸夫さん(公式サイトから)

「潮来笠」や「いつでも夢を」などの数多くのヒット曲で知られる歌手の橋幸夫さんが4日午後11時48分、肺炎のため死去した。82歳だった。所属の夢グループが5日発表した。通夜は9日午後6時、葬儀は10日正午から、東京都・文京区小石川の浄土宗無量山傳通院で営まれる。葬儀委員長は夢グループ代表・石田重廣氏。喪主は妻の真由美さん。

60年に「潮来傘」でデビューして以来、昭和・平成・令和とトップ歌手といて活躍して来た橋さんは、80歳の誕生日の23年5月3日をもって歌手活動を引退したが、翌年ファンの声援を受けて「声が出なくなるまでやりたい」と復帰した。昨年12月、中度のアルツハイマー型認知症と診断され、今年5月に公表したが、「ファンのために」と、歌詞を間違えたりしながらもステージに立ち続けた。6月12日の京都公演が最後のステージとなった。

1943年5月3日生まれ。東京都出身。呉服屋の9人兄弟の末っ子として誕生。 中学2年より作曲家・遠藤実に師事。高校1年でビクターエンタテインメントのオーディションに合格し、1960年、「潮来笠」でデビュー。同曲の爆発的ヒットで、日本レコード大賞新人賞の第1回受賞者となる。 吉永小百合とのデユエットの「いつでも夢を」(62年)と「霧氷」(66年)で2度レコード大賞を受賞。舟木一夫、西郷輝彦と共に「御三家」として一世を風靡した。NHK紅白歌合戦には計19回出場した。俳優としても映画「潮来傘」(61年)、「江梨子」(62年)、「恋のメキシカンロック・恋と夢と冒険」(67年)などに出演した。またモンゴル親善大使や各地の観光大使、介助犬サポート大使など多岐に渡る活動の他、認知症の実母の介護生活を綴った「お母さんは宇宙人」など数多くの著書を出版。老若男女問わず幅広い世代の支持を得続けた。

■「いつでも夢を」の吉永小百合が追悼コメント「私の宝物」

1962年(昭和37年)に橋さんとデユエットした「いつでも夢を」が260万枚と大ヒットして第4回日本レコード大賞を受賞した吉永小百合(80)がコメントを発表した。翌63年には日活で「いつでも夢を」(野村孝監督)が映画化され、吉永と橋さんが共演し、同曲が主題歌になった。高度成長下の工場地帯を舞台に貧しくも幸せを求めてひたむきに生きる若者たちの友情と青春を描いた作品で、吉永は人気者の看護師見習を演じ、橋さんは彼女に思いを寄せるトラック運転手を演じた。
吉永は「残念です。とても残念です。橋さんは、いつまでも歌い続けようと思っていらしたことでしょう。二人で歌った『いつでも夢を』は私の宝物です。橋さん、ありがとうございました」と追悼した。