映画監督・原田眞人さん死去 76歳 「クライマーズ・ハイ」「日本の一番長い日」「燃えよ剣」 役所広司、山田涼介など追悼相次ぐ

(2025年12月14日11:15)

映画監督・原田眞人さん死去 76歳 「クライマーズハイ」「日本の一番長い日」「燃えよ剣」 役所広司、山田涼介など追悼相次ぐ
原田眞人さん

「クライマーズ・ハイ」「日本のいちばん長い日」「燃えよ剣」など数多くの作品で知られる映画監督の原田眞人(はらだ・まさと)さんが8日、都内の病院で死去した。76歳。役所広司や山田涼介など原田監督作品に出演した俳優をはじめ追悼コメントが相次いだ。

原田さんの業務提携先のつばさプロジェクトが13日、訃報を発表した。故人の意思で葬儀は近親者のみで執り行い、喪主は妻の瑞穂さんが務める。後日お別れの会を予定している。

原田さんは1949年7月3日生まれ。静岡県出身。1973年よりロサンゼルスを拠点にハワード・ホークスやマイケル・ケインなどハリウッドの大物を数多く取材し、映画評論活動を開始。「ハリウッドインタVュー」(78、ヘラルド出版)などの著書がある。1979年『さらば映画の友よ インディアンサマー』で監督デビュー。1995年の『KAMIKAZE TAXI』は海外でも高い評価を受け、その後『金融腐蝕列島〔呪縛〕』(99)、『突入せよ! あさま山荘事件』(02)など社会派作品話題作を立て続けに送りだす。また、『伝染歌』(07)や『魍魎の匣』(07)などエンターテインメント性の高い作品も手掛ける。
2003年、トム・クルーズ主演の映画『ラスト サムライ』で俳優としてハリウッドデビュー。日航ジャンボ機墜落事件を追う新聞記者の濃密な人間ドラマを描いた『クライマーズ・ハイ』は2008年日本アカデミー賞10部門で受賞した。2012年、「初秋」でモンテカルロ・テレビ祭にて日本人としては初めてのゴールデンニンフ賞・最優秀監督賞を受賞。「わが母の記」(2012年公開)はモントリオール世界映画祭では審査員特別グランプリを受賞、日本アカデミー賞を12部門で優秀賞を受賞した。ほかに「バウンスko Gals」(97)、「関ケ原」(17)、「検察側の罪人」(18)、「燃えよ剣」(21)、「ヘルドッグス」(22)、「BAD LANDS バッド・ランズ」(23)など。

■役所広司、山田涼介、佐藤仁美、日本アカデミー協会など追悼相次ぐ

「KAMIKAZE TAXI」(95)、「金融腐蝕列島〔呪縛〕」(99)、「日本のいちばん長い日」(15)など8本の映画で原田さんとタッグを組んだ役所広司 は所属事務所を通じてコメントを発表した。「映画カミカゼタクシーで初めて原田監督と出会い、計8本の作品でご一緒しました」とした上で、「今月1日にご家族から連絡を頂き、3日の日に監督を訪ねました。昔話に花が咲き、病室を出てコーヒーを飲みに行きました。原田組のスタッフが合流し、和やかな時間を過ごせました。最後に『また、やろう』と監督から声をかけて頂き、『お待ちしてます』と答えてその日はお別れしました。こんなに早く逝かれるとは、驚きました。でも、最後にご挨拶が出来て良かったです。ご冥福をお祈りいたします。寂しい年末になりそうです」と偲んだ。

映画監督・原田眞人さん死去 76歳 「クライマーズハイ」「日本の一番長い日」「燃えよ剣」 役所広司、山田涼介など追悼相次ぐ
原田眞人さん㊨と山田涼介(X/@Ryosuke_and_me)

「燃えよ剣」、「BAD LANDS バッド・ランズ」に出演した山田涼介は自身のXに原田監督とのツーショットを投稿して、「原田眞人監督 残念でなりません もっと映画作っていただきたかった。 山田涼介さんの忍者はまだかなぁ、とずっと心待ちにしていました 原田監督の「涼介」語りをまた聞きたい ご冥福をお祈りします」と追悼。
さらにインスタグラムのストーリーズで「燃えよ剣 BAD LANDSでお世話になった 原田眞人監督。お芝居の難しさ、お芝居の楽しさを刺激的な現場で 僕に教えてくれて、 厳しさと優しさで包み込むように、 僕に愛を注いでくれました。お見舞いに行かせていただいた時、 沖田総司の続編を撮ろう。 と穏やかな表情で僕に言ってくださった事がとても嬉しかったです。その日が最後になるとは思っていなかったです、、 原田監督の作品。 原田監督の人柄が大好きでした。」と偲び、「寂しいけど、そんな顔をしていたら、きっと原田さんは、コラつ。 と喝を入れてくると思うので。素敵な時間をありがとうございました。僕を見つけてくれてありがとうございました。ゆっくりとお休みください。心よりご冥福をお祈りします。」と追悼した。

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原田眞人さん㊧と富貴晴美(X/@gababon2013)

日本アカデミー賞音楽賞を受賞した「わが母の記」など、7作品の音楽を担当した作曲家の富貴晴美は、自身のXに原田監督とのツーショットを投稿し、「原田眞人監督が亡くなりました。 3日に病室で2時間ゆっくり話せた。監督も私も沢山笑って良い時間でした。7作品の音楽を担当。出会いは『#わが母の記』最年少で日本アカデミー賞音楽賞を受賞し『#日本のいちばん長い日』『#関ヶ原』他名作ばかり。 沢山の思い出が…ご冥福をお祈りします。 富貴晴美」とつづった。

「バウンスko Gals」に主演した佐藤仁美は「18の時 初めての主演映画を撮ってくださった 原田眞人監督 あの作品で たくさんの賞をいただき 俳優人生が大きく動きました ありがとうございました 監督の作品に出演できたことを 誇りに思います 心から 感謝しています 本当に ありがとうございました ご冥福をお祈りいたします」感謝と追悼のコメントを発表した。

日本アカデミー賞協会は、公式Xで「監督の原田眞人さんが12月8日に逝去されました。 「金融腐蝕列島 呪縛」で第23回優秀監督賞を初受賞。これまで優秀監督賞6回、優秀脚本賞4回受賞されました。 謹んでご冥福をお祈りします。」と追悼し、第23回と第41回の授賞式での原田監督の写真を投稿した。



■長男・原田遊人が父・原田眞人さんを偲ぶ

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原田眞人さん㊨と原田遊人(X/@eugeneharada)

原田監督の長男で俳優・編集技師の原田遊人は、自身のXに幼少のころのツーショット写真を投稿して、「父・原田眞人(享年76歳)が逝去いたしました 父から教わったことや数多くの思い出は 少しずつ少しずつ これからお話しできればと思います 48年間 俺の親父でいてくれてありがとう 史上最高の父親でした」とつづり、「なお、葬儀は近親者のみにて執り行い 「お別れの会」を後日開催予定です」と報告した。